■24時間体制で管理をしていた

梶原吉広は会社を設立してすぐにソーシャルゲームの提供を行う仕事に舵を切ったそうです。しかし、ソーシャルゲームの管理というのはとても大変な仕事だといいます。梶原吉広が最初に提供したソーシャルゲームは渋谷クエストですが、短い期間で会員数が30万人を超えたそうです。ただでさえ大変な管理はさらに大変になり、サーバーダウンすることもあったと言います。サーバーダウンしたときは、梶原吉広をはじめとした社員が手動でアップを繰り返し行っていたようです。そのため、梶原吉広自身も仕事に加わり、寝る間も惜しんで仕事をすることも日常茶飯事だったといいます。このようにソーシャルゲームの管理を行う仕事をソーシャルゲームプランナーと呼びます。仕事内容は多岐に亘っており、企画の立案からゲームの設計、進行や工程の管理などたくさん存在するそうです。

■人数を大幅に増やす必要があった

梶原吉広は当初3人で広告代理店の仕事を行っていたそうです。その後SNSの運営からソーシャルゲームの提供へと変更しましたが、最初のソーシャルゲームである渋谷クエストをモバゲータウンでリリースしたときは、僅か10人しかいませんでした。最初は10人でソーシャルゲームの管理を行っていたので、梶原吉広もかなり苦労することとなり、社員を大幅に増やしたといいます。2011年9月の時点で、社員は150人になっていたというので、かなりのハイペースで増員していると言えます。渋谷クエストをリリースしたのが2010年3月なので、1年半で15倍増えていることになります。それだけソーシャルゲームの管理は大変なので、たくさんの人手が必要になるでしょう。

梶原吉広についてもっと詳しく見てみる

■重要な人材の確保

ソーシャルゲームのリリースや管理を行うためには、ソーシャルゲームプランナーの存在が必要不可欠だといいます。梶原吉広もソーシャルゲームプランナーとしてやっていけるだけのスキルは当然身につけていたでしょう。しかし、社員もそれ相応の技術を持っていなければ仕事ができません。そこで梶原吉広は、論理的な思考を持っている人と、誰もが思いつかないおもしろい発想ができる人を求めていたそうです。この両方を持っている人材の確保が望ましいと考える人もいるでしょうが、梶原吉広は両方を持ち合わせている人は少ないので、どちらか片方でも持っていればよいという考えで人材を増やしていったといいます。高い技術力が必要になる業種の中でも、梶原吉広は技術だけにとらわれずに人材の確保を行ったからこそ、短期間で多くの人が集まってきたのでしょう。